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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)9078号 判決 1998年1月27日

甲事件原告

奥村有利子

ほか二名

甲事件被告

金丸慎二

ほか三名

乙事件原告

甲斐優子

ほか二名

乙事件被告

金丸慎二

ほか二名

主文

一  甲事件・乙事件被告金丸慎二は、

1  甲事件原告奥村順弘、甲事件原告平野雅弘のそれぞれに対し、一〇七万五五三四円及びこれに対する平成七年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  乙事件原告甲斐優子に対し、二〇〇三万一六一一円及びこれに対する平成七年七月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  乙事件原告甲斐絵里香、乙事件原告甲斐由莉奈のそれぞれに対し、九九一万五八〇五円及びこれに対する平成七年七月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件・乙事件被告勢力尋一は、

1  甲事件原告奥村有利子に対し、五六万九五四四円及びこれに対する平成七年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  甲事件原告奥村順弘、甲事件原告平野雅弘のそれぞれに対し、二七二万五五三四円及びこれに対する平成七年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  乙事件原告甲斐優子に対し、二三三三万一六一一円及びこれに対する平成七年七月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  乙事件原告甲斐絵里香、乙事件原告甲斐由莉奈のそれぞれに対し、一一六六万五八〇五円及びこれに対する平成七年七月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  甲事件被告安田火災海上保険株式会社は、

1  甲事件原告奥村有利子に対し、五六万九五四四円及びこれに対する平成八年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  甲事件原告奥村順弘、甲事件原告平野雅弘のそれぞれに対し、一〇七万五五三四円及びこれに対する平成八年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  甲事件原告ら及び乙事件原告らの甲事件・乙事件被告富士火災海上保険株式会社に対する請求並びに甲事件原告奥村有利子の甲事件・乙事件被告金丸慎二に対する請求をいずれも棄却する。

五  甲事件原告ら及び乙事件原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、甲事件・乙事件を通じて、甲事件原告ら及び乙事件原告らと甲事件・乙事件被告富士火災海上保険株式会社との間においてはこれを甲事件原告ら及び乙事件原告らの負担とし、甲事件原告らと甲事件被告安田火災海上保険株式会社との間においてはこれを五分し、その四を甲事件原告らの負担とし、その余は甲事件被告安田火災海上保険株式会社の負担とし、甲事件原告らと甲事件・乙事件被告金丸慎二及び甲事件・乙事件被告勢力尋一との間においてはこれを三分し、その二を甲事件原告らの負担とし、その余を甲事件・乙事件被告金丸慎二及び甲事件・乙事件被告勢力尋一の負担とし、乙事件原告らと甲事件・乙事件被告金丸慎二及び甲事件・乙事件被告勢力尋一との間においてはこれを三分し、その一を乙事件原告らの負担とし、その余を甲事件・乙事件被告金丸慎二及び甲事件・乙事件被告勢力尋一の負担とする。

七  この判決の第一ないし第三項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(甲事件)

一  被告金丸慎二、被告勢力尋一、被告富士火災海上保険株式会社は、各自、原告奥村有利子に対し一二七一万四七九四円及びこれに対する平成七年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告金丸慎二、被告勢力尋一、被告富士火災海上保険株式会社は、各自、原告奥村順弘、原告平野雅弘のそれぞれに対し六三五万七三九七円及びこれに対する平成七年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告安田火災海上保険株式会社は、原告奥村有利子に対し五五二万三九七五円及びこれに対する平成八年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告安田火災海上保険株式会社は、原告奥村順弘、原告平野雅弘のそれぞれに対し二七六万一九八七円及びこれに対する平成八年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(乙事件)

一  被告金丸慎二、被告勢力尋一、被告富士火災海上保険株式会社は、各自、原告甲斐優子に対し二五九三万五四七四円及びうち二三五七万七七〇四円に対する平成七年七月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告金丸慎二、被告勢力尋一、被告富士火災海上保険株式会社は、各自、原告甲斐絵里香、原告甲斐由莉奈のそれぞれに対し一二九六万七七三七円及びうち一一七八万八八五二円に対する平成七年七月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、甲事件・乙事件被告勢力尋一(以下「被告勢力」という。)の運転する普通乗用自動車と甲事件・乙事件被告金丸慎二(以下「被告金丸」という。)の運転する普通乗用自動車とが衝突し、被告金丸運転車両に同乗していた奥村規之(以下「規之」という。)及び甲斐孝幸(以下「孝幸」という。)が死亡した事故に関する、次の各請求を内容とする事案である(以下、甲事件原告らと乙事件原告らを総称して「原告ら」という。)。

1  規之の相続人である甲事件原告奥村有利子(以下「原告有利子」という。)、同奥村順弘(以下「原告順弘」という。)、同平野雅弘(以下「原告雅弘」という。)の、

(一) 被告勢力に対する、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条または民法七〇九条に基づく損害賠償請求

(二) 被告金丸に対する、自賠法三条または民法七〇九条に基づく損害賠償請求

(三) 被告富士火災海上保険株式会社(以下「被告富士火災」という。)に対する、被告勢力がその所有する自動車(本件事故当時の運転車両とは異なる。)について被告富士火災との間で締結していた自家用自動車保険契約に基づく保険金請求

(四) 被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告安田火災」という。)に対する、被告勢力運転車両に付されていた自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)に基づく自賠法一六条による保険金請求

2  孝幸の相続人である乙事件原告甲斐優子(以下「原告優子」という。)、同甲斐絵里香(以下「原告絵里香」という。)、同甲斐由莉奈(以下「原告由莉奈」という。)の、

(一) 被告勢力に対する、自賠法三条または民法七〇九条に基づく損害賠償請求

(二) 被告金丸に対する、自賠法三条または民法七〇九条に基づく損害賠償請求

(三) 被告富士火災に対する、前記1(三)と同様の保険金請求

二  前提となる事実

以下のうち、1ないし5は関係当事者間で争いがない。6は甲事件原告らと被告勢力との間では争いがなく、他の甲事件被告らとの間では甲A第一ないし第五号証及び弁論の全趣旨により認めることができる。7は甲事件原告らと被告勢力との間では争いがなく、他の乙事件被告らとの間では甲B第一号証及び弁論の全趣旨により認めることができる。

1  被告勢力は、平成七年七月一日午前八時一五分ころ、普通乗用自動車(奈良五八み三二一九、以下「勢力車両」という。)を運転して、奈良県生駒市上町四二二〇番地の四先の道路(県道枚方大和郡山線、以下「本件道路」という。)の南行二車線道路の左側車線を北から南に向かって進行中、右後方の安全を確認しないで漫然右側車線に進路を変更した過失により、右側車線を後方から進行してきた被告金丸の運転する普通乗用自動車(大阪七七た八五六九、以下「金丸車両」という。)の左側面に勢力車両の右前部を衝突させ、その衝撃により金丸車両を右前方の路外の草むらに暴走させ、右方を流れる富雄川に転落させて水没させた(以下「本件事故」という。)。

2  規之及び孝幸は、いずれも本件事故当時金丸車両に同乗しており、本件事故により溺死した。

3  被告金丸は、本件事故当時、金丸車両を所有して自己のために運行の用に供していた。

4  被告勢力は、本件事故当時、軽四輪貨物自動車(奈良四〇み一一〇〇、以下「勢力所有車両」という。)を所有し、同車両について、被告富士火災との間で自家用自動車保険契約を締結していた。右保険契約に関する自家用自動車普通保険約款には、被保険者が被保険自動車以外の自動車を運転する場合でも、その自動車が自家用普通自動車であり、かつ、被保険者が常時使用するものでない限りは、その自動車を被保険自動車とみなす旨の条項(以下「他車運転危険担保特約」という。)がある。

5  竹本一夫(以下「竹本」という。)は、本件事故当時、勢力車両を所有し、同車両について、被告安田火災との間で自賠責保険契約を締結していた。

6  規之死亡当時、原告有利子はその妻、原告順弘、原告雅弘はその子であった。

7  孝幸死亡当時、原告優子はその妻、原告絵里香、原告由莉奈はその子であった。

三  争点

1  被告金丸の責任(自賠法三条但書による免責の有無)

(被告金丸の主張)

本件事故当時、被告金丸には若干の制限速度違反があったことが窺われるが、仮に被告金丸が制限速度である時速五〇キロメートルで走行していたとしても、路外の草むらを移動する距離より制動距離の方が長くなり、富雄川への飛び込みを回避することはできなかった。しかも、被告金丸は、突然前方約五メートルの距離に勢力車両に合図なしで車線変更され、必死に右にハンドルを切って回避しようとしたにもかかわらず、金丸車両の左側面に勢力車両に衝突され、路外へ暴走して富雄川へ転落するに至ったのであるから、被告金丸にはもはや回避可能性がなかったというべきである。結局、本件事故は被告勢力の一方的な過失によって発生したものであり、被告金丸には自賠法三条但書による免責が認められるべきである。

2  被告富士火災の責任

(被告富士火災の主張)

被告勢力は、本件事故当時勢力車両を常時使用しており、勢力車両は被告勢力が「常時使用する自動車」に該当するから、被告富士火災は、本件事故によって発生した損害について他車運転危険担保特約に基づく責任を負うものではない。

3  規之及び甲事件原告らの損害

4  孝幸及び乙事件原告らの損害

第三当裁判所の判断

一  争点1(被告金丸の責任)について

1  前記第二の二の事実及び丁第九号証、第一一、第一二号証、第一五、第一六号証、第二二号証、第二四号証、第三二ないし第三七号証、第五〇、第五一号証、第五三、第五四号証、第七二、第七三号証、第九二号証、第九五号証、第一〇四号証並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 本件道路は、奈良県生駒市高山町方面から近鉄富雄駅方面に通ずる南北の道路で、富雄川を挟んで東側が南行の、西側が北行の一方通行となっており、最高速度は時速五〇キロメートルと規制されている。南行車線は二車線あり、一車線の幅が約三メートルで、富雄川と車道との間には自動車が一台通れるほどの幅の草むらが川沿いに続いている(本件事故現場付近の状況は別紙図面のとおりである。)。

(二) 被告勢力は、本件事故当時、勢力車両を運転して本件道路の南行車線の左側車線を時速約五〇キロメートルで進行していたが、いずれ阪奈道路に出るためにあらかじめ右側車線に進路を変更しておこうと考え、右側ドアミラーを一暼したものの、後方から走行してくる車両はないと思い、一気に右側に寄ろうとしてそのままハンドルを右に深く切ったところ、右側車線を後方から進行してきた金丸車両の左側面に勢力車両の右前部を衝突させ、その衝撃により金丸車両を右前方に暴走させ、右方を流れる富雄川に転落させて水没させた。被告勢力は、勢力車両が竹本の所有で、任意保険には加入しておらず、また、車高を低くした車両であったため、発覚を恐れて勢力車両を運転して本件事故現場から逃走した。

(三) 被告金丸は、金丸車両を運転して本件道路の南行車線の右側車線を進行していたが、前方約五メートルの地点で勢力車両が突然右折するように金丸車両の方に曲がってきたので、衝突の危険を感じ右にハンドルを切ったが、前記のように勢力車両に衝突され、勢力車両はそのまま右前方に暴走し、被告金丸は動転してどうしてよいかわからず、ブレーキをかけたものの、ほとんど効果のないまま金丸車両は前記草むらの中へ転落し、その後は草が濡れていたことからブレーキもハンドルも効かない状態となったまま進行し、やがて富雄川へ水没した。

(四) 孝幸及び規之は、本件事故当時金丸車両に同乗していて本件事故に遭い、その後救出されて阪奈中央病院に搬送されたものの、孝幸は本件事故当日の午前一〇時二〇分に、規之は同日午後四時二〇分に、それぞれ死亡が確認された。なお、被告金丸は、水没した金丸車両から独力で脱出し、死亡を免れた。

2  そこで、本件事故の発生についての被告金丸の過失の有無について検討するに、まず、丁第七二、第七三号証によれば、被告金丸は、検察官の取調べに対し、勢力車両は合図をすることなく進路変更を開始したと供述していることが認められるが、反面、丁第九号証、第一二号証、第一〇四号証によれば、被告勢力は、合図をして進路変更をしたと供述し、また、検察官も、進路変更の合図をしたとする被告勢力の主張を排斥してはいないことが認められ、これらによると、被告勢力が合図をしなかったのか、それとも被告金丸が勢力車両の合図を見落としたのかは不明であり、本件事故当時、被告金丸が前方の注視を尽くしていたとする積極的な証拠はないといわざるをえない。

また、本件事故当時の金丸車両の速度についてみても、丁第三三号証によれば、被告金丸が立ち会って行われた実況見分の際の被告金丸の指示説明によれば、被告金丸が、前方約四八・八メートル先に勢力車両を認めた後、約一二九・二メートル進行した地点で勢力車両が金丸車両に衝突し、この間に勢力車両が走行した距離は約七六・三メートルであることが認められるところ、右を前提とする限り、金丸車両の速度は勢力車両の約一・七倍の速度であったことになるうえ、丁第七二、第七三号証によれば、被告金丸は、本件事故当時時速約七〇キロメートルくらいで走行していたとの認識であり、警察官から、勢力車両との関係からみて時速八〇キロメートルくらいのはずであると言われた際には一応これに納得したことも認められる。この点について、丁第一〇六号証によれば、奈良県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員西田佳嗣は、金丸車両の速度は算出できないが、金丸車両の左前輪タイヤに付いていた擦過痕から、金丸車両の速度は概ね勢力車両の速度の一・二ないし一・三倍の速度であったと考えられるとの鑑定をしていることが認められるところ、本件事故前の勢力車両の速度は時速約五〇キロメートルであったが、丁第一二三号証によれば、被告勢力は、右側車線に車線変更するとき若干速度を上げたことが認められるから、これらによると、本件事故当時、被告金丸は、最高速度である五〇キロメートルを相当程度上回る速度で進行していたことは明らかであるというべきである。そうすると、この点が、被告金丸に、勢力車両の動静に対する注視や適切な回避措置をとることを困難にした可能性があることは十分考えられるところである。

そして、丁第七二号証によれば、被告金丸は、衝突地点の約二二・六メートル手前の地点で衝突の危険を感じハンドルを右に切ったが、ハンドルを切るのが精一杯で、ブレーキはかけなかったことが認められるが、右状況で果たしてブレーキをかける余裕が全くなかったのかどうかは疑問であり、被告金丸が本件事故を回避し、あるいは本件事故による被害を最小限度にとどめる可能性はなお残されていたとみる余地があるというべきである。

以上によると、本件事故の大半は被告勢力の過失行為によるものであるとしても、それが被告勢力の一方的な過失によるもので被告金丸にはなんら責任がないとまでは認められず、被告金丸は、本件事故によって原告らに生じた損害について、自賠法三条に基づく責任を免れないというべきである。

二  争点2(被告富士火災の責任)について

1  丁第一二号証、第六〇、第六一号証、第八三号証、第八六号証、第九二ないし第九四号証、第一〇〇号証、第一〇三号証、第一二三号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 勢力車両は、被告勢力の友人である竹本の所有であるが、竹本は磯岡進(以下「磯岡」という。)に対し借金の担保としてこれを渡しており、被告勢力は、平成七年四月ころ磯岡からこれを借用し、本件事故当日は磯岡に返還しに行く途中で本件事故を発生させた。

(二) 被告勢力は、磯岡から勢力車両を借用した後は、ダッシュボードに被告勢力の印鑑や被告勢力名義の給油カードを入れるなどしたうえ、本件事故当日まで日常的にこれを使用しており、普段は当時内縁の妻であった田中和恵の居住するマンションの近くの川沿いの道端に駐車させていた。この間、被告勢力は、勢力所有車両を実母である勢力泰宅に預けており、もつぱら勢力車両を使用していた。

(三) 被告勢力は、勢力車両のドアの鍵穴が何者かに壊されたため、運転席側のドアキーを交換するとともに、そのために別々となったドアキー及びエンジンキーの双方を保管して勢力車両を使用していた。また、被告勢力は、勢力車両のタイヤが摩耗していたことから、自費でこれを交換した。

2  他車運転危険担保特約の趣旨は、被保険自動車を運転する被保険者が、たまたまこれに代えて一時的に他の自動車を運転した場合、その使用が、被保険自動車の使用と同一視し得るようなもので、事故発生の危険性が被保険自動車について想定された危険性の範囲内にとどまるものと評価される限度で、他の自動車の使用による危険をも担保しようとするものであると解される。ところが、前記認定事実によれば、被告勢力は、勢力車両を平成七年四月中旬ころに磯岡から借用した後、本件事故までの間日常的に使用していたものであり、しかも、自己の判断で勢力車両のドアのキー及びタイヤを交換する一方、勢力所有車両は実家に預けたまま使用していないなど、ある程度の期間勢力車両の使用を継続する意思であったことも明白であるから、もはや勢力車両を一時的に使用したものであるとはいえない。そうすると、勢力車両は他車運転危険担保特約が適用除外としている「常時使用する自動車」に該当するから、被告富士火災は、本件事故によって発生した損害について他車運転危険担保特約に基づく責任を負うことはなく、原告らの被告富士火災に対する請求はその他の点について判断するまでもなく理由がない。

三  争点3(規之の損害及び甲事件原告らの損害)について

1  損害額

弁論の全趣旨によれば、甲事件原告らは、次の(一)について、相続分と同割合でこれを負担したものと認められる。また、(二)、(三)については、これらについて規之が被告勢力、被告金丸に対して有する損害賠償請求権を相続分に応じて取得したものと認められる。

(一) 葬儀費用等 一二〇万円(請求七一五万六九四四円)

甲A第一一号証の一ないし五九、第一二号証、第一三号証の一、二、丁第八八号証及び弁論の全趣旨によれば、甲事件原告らは、規之の葬儀等仏事のために四一八万五六〇〇円を、また、墓石購入費として二九七万一三四四円の右合計七一五万六九四四円を支出したことが認められるところ、右のうち一二〇万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(二) 逸失利益 二三六〇万六二三六円

(請求二九一七万六七四四円)

甲A第九号証、丁第八八号証及び弁論の全趣旨によれば、規之は、昭和三年一〇月一九日生まれで本件事故当時六六歳であり、京阪電鉄株式会社を平成元年に定年退職後、同社の経営するスーパーマーケットの保安係の仕事に従事し、本件事故当時年間一〇〇万二一七〇円の賃金の支払を受けるとともに、老齢厚生基礎年金として平成七年には年額三一九万四五〇〇円の支給を受けて、原告有利子と二人で暮らしていたこと、原告有利子もアルバイトをして月額約六万円の収入があったほか月額約四万八〇〇〇円の国民年金の支給を受けていたこと、原告順弘、原告雅弘は、いずれも家庭を有して独立して生活をしており、規之の被扶養家族ではなかったことが認められる。

ところで、厚生省大臣官房統計情報部編・平成六年簡易生命表によれば、六六歳男子の平均余命は一五・九四歳であることに照らすと、規之は、本件事故に遭わなければあと八年間は就労しその間前記賃金を下回らない額の収入を得ることができたものと認められる。そこで、右収入から規之の生活費として相当と認められる四割を控除し、更に、右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、規之の就労不能による逸失利益の本件事故時における現価は、次のとおり三九六万一九七八円となる(円未満切捨て、以下同じ。)。

計算式 1,002,170×(1-0.4)×6.589=3,961,978

また、規之は、本件事故に遭わなければ少なくともあと一五年間は前記額を下回らない老齢厚生基礎年金の支給を受けることができたと認められるところ、右から規之の生活費として、就労可能と認められる七四歳までは四割を、その後は五割を控除し、更に右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、規之の年金受給権の喪失による逸失利益の本件事故時における現価は、次のとおり一九六四万四二五八円となる。

計算式 3,194,500×{(1-0.4)×6.589+(1-0.5)×(10.981-6.589)}=19,644,258

以上の合計は、二三六〇万六二三六円となる。

(三) 慰藉料 被告金丸との関係で一七〇〇万円、被告勢力との関係で二三〇〇万円(請求二五〇〇万円)

乙第二号証及び弁論の全趣旨によれば、被告金丸が金丸車両について付していた自動車保険から搭乗者傷害保険金として甲事件原告らに一〇〇〇万円が支払われたことが認められるところ、右は損害のてん補の性格を有するものではないが、被告金丸の出捐を原因として甲事件原告らに支払われたものであるから、この点は甲事件原告らと被告金丸との関係で慰藉料の算定に当たり考慮するのが相当である。

一方、被告勢力は、本件事故後本件事故現場を逃走しているところ、このことが規之にいっそうの精神的苦痛を与えたことは明らかであり、また、もし被告勢力が逃走することなく直ちに規之の救助措置をとっていれば、規之が死亡しなかった可能性も十分考えられるが、他方、丁第一〇七号証、第一一二号証、第一一七号証、第一三〇号証によれば、被告勢力は、本件事故後、甲事件原告らに見舞金等として合計一五〇万円を支払っていることも認められ、これらの点は、甲事件原告らと被告勢力との関係で慰藉料の算定に当たり考慮するのが相当である。

右の諸事情のほかその他本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、規之が本件事故によって受けた精神的苦痛を慰藉するためには、被告金丸との関係で一七〇〇万円、被告勢力との関係で二三〇〇万円の慰藉料をもってするのが相当である。

2  好意同乗減額

被告勢力は、本件事故当時金丸車両の運行は、被告金丸らが勤務先の有志で組織する修業参加のために目的地へ走行していたためで、本件事故は規之らをいずれも途中乗車させての事故であり、運行目的及び運行利益とも同一共通することがら、損害の公平な分担の観点から少なくとも二〇パーセントの好意同乗減額がされるべきであると主張する。しかし、右の事実のみによっては、本件事故によって規之及び甲事件原告らに生じた損害から右のような減額を行わなければ公平を害するとは認められないから、被告金丸の右主張は採用できない。

3  既払額等

丁第一一九号証、第一三四、第一三五号証及び弁論の全趣旨によれば、甲事件原告らは、勢力車両に付されていた自賠責保険(被告安田火災)から一八九五万二〇五〇円、金丸車両に付されていた自賠責保険(同和火災海上保険株式会社)、から一八九五万二〇五〇円の支払を受け、これを相続分に応じて各自の損害のてん補に充てたものと認められる。

また、甲A第一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、本件事故により規之が死亡した後、原告有利子は、平成七年一〇月から二か月に一回の割合で遺族年金の支給を受けるようになり(支給日は偶数月の一五日)、毎回の支給額は三一万七九六六円であり、平成九年一二月一二日までに合計四一三万三五五八円の支給を受けたことが認められるところ、原告有利子は、少なくとも平成一〇年二月までは右と同金額の遺族年金の支給を受けられるものと認められ、原告有利子が既に支給を受けた遺族年金総額に右の分を加算した合計四四五万一五二四円は、本件事故によって原告有利子が取得したものとして、原告有利子の損害から控除するのが相当である。

4  損害残額

前記1の損害額から、前記3の既払額等を控除すると、残額は、原告有利子については、被告金丸及び被告安田火災との関係では零となり、被告勢力との関係では四九万九五四四円となる。また、原告順弘、原告雅弘については、それぞれ、被告金丸及び被告安田火災との関係では九七万五五三四円となり、被告勢力との関係では二四七万五五三四円となる。

5  弁護士費用

本件の性格及び認容額に照らすと、弁護士費用は、原告有利子については、被告勢力との関係で七万円、原告順弘、原告雅弘については、それぞれ、被告金丸及び被告安田火災との関係では一〇万円、被告勢力との関係では二五万円とするのが相当である。

四  争点4(孝幸及び乙事件原告らの損害)について

1  損害額

弁論の全趣旨によれば、乙事件原告らは、次の(一)、(二)について、相続分と同割合でこれを負担したものと認められる。また、(三)ないし(五)については、これらについて孝幸が被告勢力、被告金丸に対して有する損害賠償請求権を相続分に応じて取得したものと認められる。

(一) 葬儀費用等 一二〇万円

(請求四九三万二一八七円)

甲B第三号証、第五、第六号証、第七号証の一、二、丁第九〇号証によれば、乙事件原告らは、孝幸の葬祭費として二一三万〇四八七円、墓地購入費として一〇〇万一七〇〇円、墓石購入費として一五五万円、仏壇購入費として二五万円の合計四九三万二一八七円を支出したことが認められるところ、右のうち一二〇万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(二) 搬送費 二万七一九〇円(請求どおり)

甲B第四号証及び弁論の全趣旨によれば、乙事件原告らは、阪奈中央病院から自宅までの孝幸の死体の搬送に寝台車を利用し、そのための費用として二万七一九〇円の損害を受けたものと認められる。

(三) 治療費 三万一一〇〇円(請求どおり)

甲B第三号証及び弁論の全趣旨によれば、孝幸は、本件事故により阪奈中央病院で救急治療を受け、そのための費用として三万一一〇〇円の損害を受けたものと認められる。

(四) 逸失利益 七二一九万六〇三二円(請求どおり)

甲B第八号証、丁第九〇号証及び弁論の全趣旨によれば、孝幸は、昭和三九年一〇月二八日生まれで、本件事故当時三〇歳であり、京阪電気鉄道株式会社に勤務して平成六年には五〇〇万〇五九一円の年収があり、乙事件原告らとともに暮らしていたことが認められるところ、孝幸は、本件事故に遭わなければ就労可能と認められる六七歳までの三七年間に右年収を下回らない収入を得ることができたものと認められるから、右収入から孝幸の生活費として相当と認められる三割を控除し、更に、右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、孝幸の逸失利益の本件事故時における現価は、次のとおり七二一九万六〇三二円となる。

計算式 5,000,591×(1-0.3)×20.625=72,196,032

(五) 慰藉料 被告金丸との関係で二三〇〇万円、被告勢力との関係で二九〇〇万円(請求三〇〇〇万円)

乙第三号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、被告金丸が金丸車両について付していた自動車保険から搭乗者傷害保険金として乙事件原告らに一〇〇〇万円が支払われたことが認められるところ、右は損害のてん補の性格を有するものではないが、被告金丸の出捐を原因として乙事件原告らに支払われたものであるから、この点は乙事件原告らと被告金丸との関係で慰藉料の算定に当たり考慮するのが相当である。一方、被告勢力は、本件事故後本件事故現場を逃走しているところ、このことが孝幸にいっそうの精神的苦痛を与えたことは明らかであり、また、もし被告勢力が逃走することなく直ちに孝幸の救助措置をとっていれば、孝幸が死亡しなかった可能性も十分考えられるが、他方、丁第一一〇号証、第一一三号証、第一一七号証、第一三一号証によれば、被告勢力は、本件事故後、乙事件原告らに見舞金等として合計一五〇万円を支払っていることも認められ、これらの点は、乙事件原告らと被告勢力との関係で慰藉料の算定に当たり考慮するのが相当である。

右の諸事情のほかその他本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、孝幸が本件事故によって受けた精神的苦痛を慰藉するためには、被告金丸との関係で二三〇〇万円、被告勢力との関係で二九〇〇万円の慰藉料をもってするのが相当である。

2  好意同乗減額

被告勢力は、乙事件原告らに対しても、前記三2と同旨の主張をするが、そこで述べたのと同様、被告金丸の右主張は採用できない。

3  既払額

甲B第九、第一〇号証、丁第一三三、第一三五号証及び弁論の全趣旨によれば、乙事件原告らは、勢力車両に付されていた自賠責保険(安田火災海上保険株式会社)から三〇〇三万一一〇〇円、金丸車両に付されていた自賠責保険(同和火災海上保険株式会社)から三〇〇〇万円の支払を受け、これを相続分に応じて各自の損害のてん補に充てたものと認められる。

4  損害残額

前記1の損害額から、前記3の既払額を控除すると、残額は、原告優子については、被告金丸との関係では一八二一万一六一一円となり、被告勢力との関係では二一二一万一六一一円となる。また、原告絵里香、原告由莉奈については、それぞれ、被告金丸との関係では九〇一万五八〇五円となり、被告勢力との関係では一〇六〇万五八〇五円となる。

5  弁護士費用

本件の性格及び認容額に照らすと、弁護士費用は、原告優子については、被告金丸との関係では一八二万円、被告勢力との関係では二一二万円、原告絵里香、原告由莉奈については、それぞれ、被告金丸との関係では九〇万円、被告勢力との関係では一〇六万円とするのが相当である。

五  結論

1  原告有利子は、次の金員の支払を求めることができる。

(一) 被告勢力に対し、五六万九五四四円及びこれに対する本件事故の日である平成七年七月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(二) 被告安田火災に対し、五六万九五四四円及びこれに対する弁論の全趣旨により保険金請求の翌日の日と認められる平成八年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員

2  原告順弘、原告雅弘は、それぞれ次の金員の支払を求めることができる。

(一) 被告金丸に対し、一〇七万五五三四円及びこれに対する本件事故の日である平成七年七月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(二) 被告勢力に対し、二七二万五五三四円及びこれに対する本件事故の日である平成七年七月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(三) 被告安田火災に対し、一〇七万五五三四円及びこれに対する弁論の全趣旨により保険金請求の翌日の日と認められる平成八年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員

3  原告優子は、次の金員の支払を求めることができる。

(一) 被告金丸に対し、二〇〇三万一六一一円及びこれに対する本件事故の日である平成七年七月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(二) 被告勢力に対し、二三三三万一六一一円及びこれに対する本件事故の日である平成七年七月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

4  原告絵里香、原告由莉奈は、それぞれ次の金員の支払を求めることができる。

(一) 被告金丸に対し、九九一万五八〇五円及びこれに対する本件事故の日である平成七年七月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(二) 被告勢力に対し、一一六六万五八〇五円及びこれに対する本件事故の日である平成七年七月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

5  原告らの請求は、右1ないし4の限度で理由があるから認容することとし(なお、念のため付言するに、被告金丸と被告勢力とは、本件事故の発生について共同不法行為を行った者として、本来原告らに対し同一内容の損害賠償債務を負担することとなるが、前記のとおり被告金丸に対するのと被告勢力に対するのとでは慰藉料額が異なり、そのため弁護士費用相当額も異なったことから、認容額に差異が生じたものである。)、原告らの被告富士火災に対する請求、原告有利子の被告金丸及び被告安田火災に対する請求はいずれも理由がないから棄却するとととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱口浩)

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